九州の最初の思い出は、宮崎・鹿児島への新婚旅行です。12月に結婚式を挙げ、翌日から新婚旅行。ジーンズ、パンタロンの軽装で、ギターを片手に、最後は屋久島まで足を伸ばしました。計画を立てない行き当たりばったりの珍道中でした。当時、宮崎は新婚旅行のメッカでしたが、冬だったから暖かいところへ行きたかった、のかもしれません。その後、今もって人生の珍道中を続けている感じです。
子どものころから、結婚にはひとつのイメージを持っていました。毎朝決まった時間に仕事に行って、決まった時間に帰ってくる人とは、絶対に結婚しない! 浮き沈みの激しい父の生活を見ながら、紆余曲折と変化にはついていけるけど、退屈には耐えられないだろうと思っていましたから。主人が芸能や作曲などの不規則な仕事をしていることは、私にとってはプラスの要素でした。
最初はふたりからのスタートでしたが、ふと横を見ると、広い道にたくさんの道連れがいる。私の場合、「ひふみコーラス」やフラメンコ版「曽根崎心中」のプロジェクトで、それを感じています。
進路に悩んだときには、目をつぶって、実際の道をイメージします。こっちに行くと行き止まりだな、こっちに行くと末広がりの道だなと。コーラスをはじめるときも、その先に明るく地平線に続く道がイメージできました。そのときから、努力が苦にならなくなります。
道って、もともと人肌のようなあたたかいものを感じさせますよね。たくさんの人々が繰り返し踏みしめてきたものが道になったわけですから。その道を自分たちの手でつくり、守っていくという発想は、まさに人生の原点だと思います。
無邪気に、無償で、時を忘れて没頭できる活動は、後からやって来る喜びがとても大きく、やってよかった! と感じられます。
今、主人と私は「ひふみコーラス」のように、みんなで心を合わせることによって成り立つ活動、それがたくさんの人々の生き甲斐や楽しみにつながる、そんな喜びの波動を世に広めたいと思っています。
まずは、志を高く。行く方向はビシッとぶれずに。すべき努力はいとわない。そうすれば、何事もうまくいく気がします。
阿木燿子 プロフィール
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で作詞家としてデビュー。夫の宇崎竜童と共に作詞・作曲し、山口百恵の黄金時代を支える。近年は「曽根崎心中」とフラメンコを融合させたステージ「FLAMENCO曽根崎心中」、「ひふみコーラス」をプロデュース。2006年紫綬褒章受賞。おしどり夫婦として有名。