およそ50年間慣れ親しんだ家が、東京都補助132号線という計画にかかり、どうやら立ち退かねばならぬようだ。父の代には借地をしていたのだが、父と相次いで地主さんも他界された。地主さんの遺族から要請があり、銀行融資を頼りに土地を買い取り家も建て替えた。30代半ばの僕にとっては、かなりの重荷であったことは事実。だが、公園にも近く、庭の緑も豊かである。樹齢100年は優に越えているだろう松の木が10数本、山桜や太いいろは紅葉もあり、心安らぐ住まいである。当然、この地で余生を送る覚悟でいた。
が、都市計画はややもすると非情である。こちらの思いは無視され、計画はどんどん進んでしまう。反対運動も視野に入れたが、年を重ねてからの抵抗は厳しい。緑を残し住民に優しい道路にしてくれるのならば、という条件の基に移住を決意した。どうせ移住するのならば、ガラリと環境を変えてしまおう。思い切って、父が終の棲み家として晩年購入した、博多湾に浮ぶ能古の島の家に移り住もう。と、決断した。
能古は離島とは言え、博多の中心地から直線で6、7キロ。現在の練馬の家より、かなり繁華街には近い。島に渡るフェリーも10分前後。緑多き、楽園のような場所である。しかし、能古の家は、度重なる台風や博多湾西方沖地震の被害を受け、かなりのダメージを受けている。建て替え以外に術はないのだが、極力自然環境は壊したくない。家に入るアプローチの道も、絶対に舗装はしないで野芝を植えよう。一見、不自由そうでも、考えようでは、真の贅沢であると思う。

畦道のようなエントランスに寝そべって博多の街を眺めるのもよし。家庭菜園を作り、畑仕事に疲れたら福岡ドームを見ながらひと休みするのも一案。能古での暮しは自然と仲良くし、ゆったりのんびりとした第二の人生を送りたいと望んでいる。地球の温暖化が心配されている昨今、仙人のような暮らし方を是非してみたいと願う。
檀 太郎プロフィール
1943年東京都生まれ。作家の故・檀一雄氏の長男。CMプロデューサーとして数々の作品を制作、テレビ番組の企画・制作にも携わり、世界各国を歩く。食に関するエッセイ、講演など活動は多岐に渡る。著書に「好『食』一代男」など。