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道守随想

【vol.13】 大切な人たちが作ってくれた道

辛島美登里(シンガー・ソングライター)

大切な人たちが作ってくれた道

 音楽の道に進みたいと思ったのは、大学在学中に「ポプコン」(第26回・1983年)のグランプリ受賞がきっかけ。鹿児島出身で、父は公務員。普通に結婚して家庭を持つだろうと思ってきた。それが、傍目にはチャラチャラした道へ。私は親が親戚から何と言われるかと、そればかりを心配した。

 この道に進む人たちは「自分には音楽しかない!」という人がほとんどだが、実は私はそうでもなかった。今は、これは私の個性だと思って受け入れている。あるとき「結婚したら音楽の仕事やめたいなー」と友人に話したら、「何を言ってるの?」と本気で怒られた。もちろん音楽は好きだし、できればこの道で一生を送りたいな、なんて思うのだが。

 そもそも私は、道を自分で切り開いたと思っていない。「ここでぐずぐずしていたーい」と思っていたら、誰かが「辛島さん、こっち、こっち」と次の道を作ってくれる。永井真理子さんへの楽曲提供も、NHKの「ラスト・ラブ」への出演も、クリスマスのオーケストラ共演もそう。イメージとしては、いつも道の先にお花畑があって、そこへ着くとまたその先のお花畑に続く道がある、という感じ。

 人にはタイプがあるのだ。フロンティア精神旺盛な人と、私のように作ってもらった道を喜んで走って行く人。今いる場所で、楽しく誠実にしていることが大事なのかもしれない。実際の道でも、まず道を作る人たちがいて、後で花を植えて道を心地よくする人たちがいるように。

 デビュー前に住んでいた東京・門前仲町(東京都江東区)は、ドラマのよくできたセットのような下町だった。宝石屋さんのアルバイトで、下町の人と人とのつながりや優しさに支えられながら過ごした。ただ、音楽の芽がなかなか出ない時期で、仕事が終わると家に帰って曲作りばかりしていた。

 今でも顔見知りの人たちがそのまま住んでいるので、少し気恥ずかしいけれど、ここ2、3年はちょくちょく門前仲町へ戻るようになった。当時は気がつかなかった町の姿も見えてきた。市がしょっちゅう立ち、骨董市や何かお祭りめいた行事がたくさんある。春の桜祭りには、三味線や唄い手の人が隅田川に舟で繰り出したり、節分にはお相撲さんが豆まきをしたり。この町が好きだから、自分たちでちゃんとしよう、たくさんの人たちで賑わってもらおう、という町の人々の想いが伝わってくる。

 九州の道守さんの活動を知って、町に住みつくことは大事なことだな、とふと思った。大切な人たちと大切なものを守りながら、長く暮らしてゆく。そんな生き方に、憧れますね。



辛島美登里プロフィール
1961年鹿児島市生まれ。国立奈良女子大学卒業後、ソング・ライティングの勉強を経て、音楽作家としての活動を開始。永井真理子をはじめ、多くのシンガーに楽曲を提供。その後、アーティストデビュー。「サイレント・イヴ」など恋愛をテーマとした名曲を数多く生み出している。

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