日本に来て29年、糸島に住んで10年になります。わが家から眺める加布里湾の夕日の美しさ!何度眺めても感動します。
毎年大晦日、海岸で沈む夕日を送り、元旦は自宅の窓から可也山に昇る初日を迎えます。真っ赤に輝く太陽は、美しさを超えて、自然の創世や永遠性の感動を伝え、生きている素晴らしさがジーンと湧き上がってくる、何だか、ここから次の世界へ飛び立つことができそうな、そんな不思議な気持ちで胸が一杯になるのです。
素晴らしい自然と友人に囲まれて、充実した人生を過ごすように取り計らってくれた神様に心から感謝しています。私が生まれる前に、きっと神様が決められておられたのでしょう。
ドイツのブレーメンに生まれ、イタリア、イスラエル、スイス、デンマークといろいろな国で指揮者、音楽監督を務めてきました。スイスのオペラ劇場で指揮者をしていたとき、有名なホロスコープの先生から「君は世界中の国々で活躍する運命」と予言され、別の先生は「君は800年前、太平洋を駆け回っていた海賊の生まれ変わり。いつも人々を指揮し引っ張って行く運命」といわれました。
ブレーメンから糸島に続く長い道のり、「人生」は道ですね。
6歳の頃から音楽を志しました。第二次世界大戦中、一時疎開をしましたが、戻ったブレーメンは焼け野原。童話「ブレーメンの音楽隊」で知られる町を歩き回ってピアノを探し弾かせてもらいました。終戦直前、身長180cmの私にSS(ナチス親衛隊)入隊の指示が来ました。兄二人はすでにロシア戦線に駆り出されていました。私が「音楽を続けたい」と断ると親にまで罵声が飛びました。
音楽への情熱が何度も私の命を救い、人生を切り開いてくれた、と信じています。私の音楽についての考えを変えてしまうほど大きな影響を受けたイタリア、イスラエルのキブツでの奉仕活動、妻の玲(西内玲さん=声楽家、平成音楽大学客員教授)と出会ったスイス時代。そして日本へ、糸島へ。
美しい糸島の海岸道路で草取りをしたり、石ころを埋めたりしている人たちをよく見かけます。自分たちの町や道を自分たちできれいにし、守ることは素晴らしいことですね。ヨーロッパは自然環境を守ることに敏感で、タバコを吸わない、海にゴミを捨てない、ドイツでは自分の土地の樹木も勝手に切ることはできません。
人生という道も、糸島の道も、その美しさや感動は人々の手で守られ、支えられている。ブレーメンから糸島へ、そして糸島から世界へ、一本の道が私を導いてくれそうです。
フォルカー・レニッケプロフィール
ドイツ生まれ。54年シエナ国際指揮者コンクール入賞。欧州で数多くの指揮者、音楽監督を務める。76年九州交響楽団初代常任指揮者に就任。同団の定期公演をはじめ国内で多くの交響楽団の指揮や音楽指導にあたる。98年福岡市文化賞受賞。昨年末は嘉穂劇場「第九」を指揮。今年は新国立劇場で「ドン・ジョバンニ」を上演。