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交響の道を行く 新街道風景

【vol.14】 豊後街道 九州横断の夢、今も 400年を経て清正 公道から風景街道へ

 九州の真ん中を一気に横断、昔もいまも九州人の見果てぬ夢だ。阿蘇から九重を直結する道を「やまなみハイウェイ」と名付け、「丸に十の字の高速道を」と、現代人は忙しげだが、400年前、志高く夢に挑んだ男がいた。

400年を経て清正 公道から風景街道へ

●熊本城入口の清正像

熊本城入口の清正像

「公道」は広道・公共道
 戦国大名・加藤清正。熊本城下から豊後・鶴崎まで32里(約125km)をほぼ一直線に結んだ。豊後街道、沿線住民はいまも清正公道と呼ぶ。
 「日本風景街道」に九州横断ルートが名乗りを上げている。豊後街道とやまなみハイウェイを結ぶ。今回は肥後側から豊後街道を訪ねた。


幻想的な常夜灯

●幻想的な常夜灯

屋号常夜灯が点る坂梨宿、観光客いなくとも
 豊後街道・清正公道は広道、道幅が広い。例えば、熊本城から13里(約50km)の阿蘇外輪山の麓・坂梨宿。国道57号がわずかに逸れて通ったので旧街道と町並みは往時の姿をいまに残す。優に2車線あり、道幅は約4m。

さかなし宿場會の赤星会長(左)と志賀事務局長

●さかなし宿場會の赤星会長(左)と志賀事務局長

 夕暮れが迫ると、家並みの前に高さ1.5mほどの木製常夜灯に灯が点る。静かで幻想的。家々には屋号が残り「油屋岩下」などと掲げている。「各戸それぞれの製作です」と「さかなし宿場會」事務局長の「亀屋」志賀聡雄さん。会長の「東虎屋」赤星永幸さんの自宅前には、復元した水車や案内板も。坂梨宿と外輪山山頂を結ぶ滝室坂は街道一の難所で、標高差は約250m。130年前、坂は西南戦争の激戦地。歴史を伝える常夜灯や水車、案内板だが、まだ観光客はほぼ皆無、みやげ屋も少ない。

藤井家に残る日記の一部

●藤井家に残る日記の一部

自力の町並み整備に文化賞
 戦前まで宿を続けた「坂名屋」を一人守る勝夏子さんはいつも、玄関を季節の花と古布で装う。伊能忠敬らが泊まった別の家は、ブロック塀を木塀に改装中だ。
 「地元の心が通じ合いだした」と赤星会長。月例会の古文書勉強会は、藤井家(屋号不明)で歴代書き継がれた日記の解読。例えば西南戦争―戦闘の模様から止宿した警視隊姓名などが記されている。おととし、会は「くまもと県民文化賞」を受賞した。400年を経て道はなお人の心をつなぐ。



杉並の将来を考える高木会長

●杉並の将来を考える高木会長

旧街道を列車と車が走る杉並木
 豊後街道の起点・熊本城は築城400年の名城だが、木材の調達には難儀した。清正は次の改築に備え普請中の豊後街道に杉を植えさせた、という。
 街道杉は菊陽町のJR豊肥線三里木駅付近に残っている。旧街道両側土手の杉並木は大津町まで約13km断続的に続く。両側土手の間は60〜80m、街道部分も幅30〜40mあり、いまは豊肥線と県道が並行して走る。その数、約900本。現在は地元の農業者・高木広次さんらの手で細々と植樹が続く。
 杉は老木になると台風などで倒れる、必ず北側に。国道(現県道)を妨げる杉は当時建設省が対応したが、田に倒れた杉は放置された。高木さんはかつては九州地方建設局長に直談判するほどの「伐採派」だった。いまでは「必要なら切る、その分を植えればいい」が持論で菊陽町杉並木保存会にも入り、いつの間にか会長に―。自宅の庭で苗木を育てながら専ら植え続ける。

徒歩で九州横断の達成感いまも

阿南代表

●阿南代表

 清正は、天草郡加増を辞退した代わりに豊後3郡を望み、鶴崎までを藩領にし、ここに街道を通した。九州横断最短道を目指したのである。「豊後街道の整備によって中世までの道は廃れた」と熊本大名誉教授の工藤敬一さん。崇城大元教授の松本寿三郎さんは「江戸への最短路、鶴崎の重要性を見極めた先見性」と評価する。

豊後街道を歩く子どもたち

●豊後街道を歩く子どもたち

 街道は、起点・札の辻からすぐ熊本城内を通る。城郭や石垣が空から街道に迫る。城を出ると1里毎に里数木の榎を植えた。道幅は広く、難所に石畳を敷き、石橋を架けた。道普請には築城同様、領民の労役に賃金を払った。豊後街道は、中央直結を見据えた戦略道路であり、同時にきめ細かな領内政策、つまり公共工事であった。加藤の治世は2代わずか40年だが、沿道住民は清正公道に親しみ続けた。
 子どもたちが豊後街道を徒歩で横断する企画が今年で30回目を迎える。主催するNPO法人「自然を愛する会」の阿南誠志代表は「横断の達成感は当初から変わらないが、年々、沿道の人々や団体の支援で藪や草が除かれ、歩ける旧街道が増えている」という。
 道の原風景、通る喜びや文化、歴史を味わう試み―日本風景街道。そのモデルスポットが連綿と続く道、それが清正公道・豊後街道だ。


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