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九州風景街道 随想

【特別号2007 vol.16】 懐かしい風景に未来がある

 やまなみハイウエイや湯布院などを訪ね、「九州には風景街道の原風景がある」と感動した。景観だけじゃない。人々は道を大事にしている、行き交う人々をもてなす心がある、と。
 風景街道って、最初はピンと来なかった。初会合で役所や産業界の人々の話を聞きながら、次第に場違いな気持ちに襲われた。最後に指名されて「論議に生きものたちが登場しないのは変」と、違和感をずばり言った。
 だって、人の道と同様、生きものにも道がある。鳥たちには空の道、魚たちには海の道。人と生きものが折り合いをつけてこそ風景街道。人優先、産業や効率優先への反省、その先を探っているのが風景街道でしょう、とね。
 2回目から一気に生きものの話が出始めた。各委員も生きもののことを調べられたりしたようで会合が楽しくなった。それでね、オホーツク視察のとき、僕はちょっと先回りしてオジロワシがいる場所と時間を調べて、一行を迎え、見てもらった。みなさん感動した。僕は現地の人になり代わり、自慢でしたよ。
 鳥や蝶の渡りは人の旅に似ているが、羽を休める場、つまり寄り道できる場が極端に減った。例えば水辺がない。青々とした佐賀平野も冬場は、鳥たちには砂漠に見えるんだ。田10枚に1枚でもいい、水を張れば鳥たちがやってくる。出水の越冬ツルも田の水張りから始まった。

柳生博

 稲作では6月ごろ、水を抜いて田の中干しをする。オタマジャクシも干からびる。少し遅らせられれば、蛙になれ、生きのびて害虫をたくさん食べる。蛙やドジョウは鳥たちの餌に。努力が積み重なったのが、兵庫県豊岡に蘇ったコウノトリだ。3年前から放鳥し、去年のはつがいになって、今年は子を育て始めた。島根の宍道湖まで飛んで行ったのもいるが戻ってきた。途中、安住の地が見つからなかったんだろうね。
 僕は農家の出身。子供のころ、農作業をいっぱい手伝わされた。よそに自由に飛んでいける鳥に憧れた。コウノトリ保護支援や野鳥の会活動、八ケ岳での雑木林づくりの原点かな。日本では手付かずの自然というのは例外で、どこでも人と生きものが折り合う場なんだ。小さな水辺、実のなる木の植栽、雑木林、ビル屋上植栽だっていい。そうすれば季節ごとに鳥たちがやってくる。
 ここ(東京港野鳥公園)も埋立地の水溜りから始まったんだ。みんなが大事にして、林に干潟に雨水池に、違った鳥がくる。ほら、ダイサギだ。あれはカワウ。こんな懐かしい風景に、確かな未来がある。野鳥の会会員が道守になったり、道守が鳥のために実のなる木を植栽したり、そんな風景街道を描いてほしいなあ。(談)



柳生 博(俳優・日本野鳥の会会長・日本風景街道戦略会議委員)
1937年茨城県生まれ。剣豪柳生一族の末裔。東京商船大中退後、俳優座養成所へ入所し俳優に。NHK「生きもの地球紀行」ナレーターなども担当。70年代末に山梨県大泉村(現北杜市)へ転居し、雑木林の復活を始め、89年に八ヶ岳倶楽部を開く。04年から(財)日本野鳥の会会長。著書に「八ヶ岳倶楽部 森と暮らす森に学ぶ」など。

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