【vol.13】 唐津・虹の松原と松の道
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九州各地で始まった道守活動は今、新しいうねりへとつながり始めています。道の清掃や植栽、歴史や文化の継承が、美しい道の風景を醸し出す。そこにさまざまな地域資源が響き逢い、新しい街道風景を育んでいます。…
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【vol.12】 奄美大島 ヤコウガイ(夜光貝)と島の道
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宝池の中島に浮かぶ極楽浄土の宮殿。京都・宇治市の平等院鳳凰堂は夜光貝の螺鈿で飾られ、平安時代末期、藤原時代の華やかさをいまに伝える。奄美大島には夜光貝の大量出土遺跡がある。名瀬市や笠利町の遺跡は夜光貝の集積地で、ここから運ばれた。…
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【vol.11】 砂糖の道は複々線化し多彩な菓子文化を今に
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JR長崎本線の小城駅前から北へ2kmに羊羹店が林立している。その数、約20軒。小城市内の羊羹生産業者数はかなり減ったが、それでも23。佐賀県の羊羹消費日本一を支える。…
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【vol.10】 長崎街道より歴史が古い秋月街道
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古処山の南側の麓に懐かれた筑前の小京都・秋月(朝倉市)。北へ小倉・常盤橋まで、南は久留米・府中までが秋月街道。長崎街道のほぼ南を並走する…
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【vol.9】 去川往還・日向の国の薩摩街道
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「ひむか神話街道」は平成15年夏に決まった新しい広域観光ルートである。宮崎県北の高千穂町から九州山地の背を通り、日南海岸に出たあと再び山に向かい高千穂峰の麓・高原町まで14市町村を結ぶ。天孫降臨神話や…
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【vol.8】 長崎街道の今
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長崎の出島に着いた海外の文化はこの道を通って江戸へ向かった。向学心あふれる江戸時代の志士らも、この道を通って長崎をめざした。鎖国の頃、世界と日本を結ぶ唯一の道でもあった長崎街道。その出発点と宿場町を訪ねた。…
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【vol.7】 唐津街道の今
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ちょうど長崎街道と並行するように、現在の北九州市から玄海灘に沿って筑前博多を経由し、肥前唐津へと続いた唐津街道。かつて宿場町として栄えた二丈町・深江を訪ねた。…
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【vol.6】 平戸街道の今
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「この道は本当に険しい。吉田松陰の西遊日記にもその様子が描かれています」。平戸街道ネットワークの会会長・宮本尚美さんはそう語る。平戸街道ネットワークの会では街道周辺の草刈や清掃活動を行い、毎月1回、街道を歩くイベントを開催している。…
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【vol.5】 豊前街道の今
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熊本城を起点に北へ。現在の植木町、鹿央町、山鹿市、三加和町を通り、南関を経て小倉へと向かう小倉路を熊本では豊前街道と呼んだ。奈良時代の記録が残るほど重要な歴史の道だ。産業や文化の基幹道路の時代もあった。戦場にもなった。…
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【vol.4】 黒崎・木屋瀬のまちづくり
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長崎街道筑前六宿のうちの二宿を結ぶ「黒崎・木屋瀬レール&ウォーク」が11月3日にあった。北九州市の副都心・旧黒崎宿跡と西南端の旧木屋瀬宿跡を歩く。かつて1日の旅程だった二宿間の移動は筑豊電鉄で(約12・6km、運賃350円は無料)という初めての試みに…
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【vol.3】 龍馬 お龍の道をたどる
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山道をたどり、一面の畑の中を進み、川の飛び石を渡り、山の尾根をつたって歩く…。 幕末の志士・坂本龍馬とお龍との鹿児島・霧島温泉郷新婚の旅は、野趣に富んでいた。これが日本の最初の新婚旅行とされる。…
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【vol.2】 姫が通った飫肥街道
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戦国時代を通じて、宿敵島津家とその覇権が争われた飫肥城は、秀吉の九州平定に伴い、伊東家の居城となります。その領地飫肥藩5万1千石は、中央を東西に走る山々によって分割されていました。 初代藩主祐兵は、北部清武まで約40キロ、ほぼ一直線に走る飫肥街道を開きました。その道は、少しずつルートを変えながら、現在…
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【vol.1】 日田往還
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かつて徳川幕府が九州の諸大名を監視した重要な拠点、天領・日田。現在の大分県日田市には九州6ヵ所の天領を監視する西国筋郡代が置かれ、九州中の政治や経済、文化の情報はすべてこの地に集められました。「日田往還」とは当時、福岡・久留米・中津・大分…
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