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街道をゆく

【vol.3】 日本初の新婚旅行 龍馬 お龍の道をたどる (鹿児島)

大霧島観光協会事務局長 立山 努さん

 山道をたどり、一面の畑の中を進み、川の飛び石を渡り、山の尾根をつたって歩く…。
幕末の志士・坂本龍馬とお龍との鹿児島・霧島温泉郷新婚の旅は、野趣に富んでいた。これが日本の最初の新婚旅行とされる。時は、慶応2年(1866年)春。
3月、京都・寺田屋で襲われ負傷し薩摩藩邸に匿われた龍馬は、明治維新の原動力となる薩長同盟を画策する一方、お龍と結婚。傷の治療には塩浸温泉(鹿児島県姶良郡牧園町)がいい、そんな西郷隆盛の勧めで4月には鹿児島へ。


「第8回龍馬ハネムーンウォークin霧島」の様子



豪快に流れ落ちる犬飼の滝

 療養と身の安全の旅を、司馬遼太郎は小説「竜馬がゆく」の中で「新婚旅行のはしり」と書いた。「おかげで日本初の新婚旅行が広まりました」と大霧島観光協会の立山努さん。同協会が開催する「龍馬ハネムーンウォークin霧島」は龍馬ゆかりの宿の企画が前身、今年8回目を迎え、2日間のウォークに延べ約3500人が参加した。
1日目は、龍馬が絶賛した犬飼の滝などを巡る約23km。龍馬夫妻は隆盛邸などに滞在した後、日当山温泉(隼人町)を経て5月1日に塩浸温泉着。11日間滞在し近隣を散策。「此の世の外とおもわれ候ほどのめずらしき所ナリ」「まことにおもしろかりし」と記したほど楽しんだ。その一帯を歩いて追体験するのが初日のコースだ。


犬飼の滝へと続く古道



大正時代から昭和10年頃の塩浸温泉の写真




龍馬が姉乙女にあてた手紙 慶応2年12月4日 坂本乙女宛(複製)

 龍馬が通ったとされる犬飼の滝へと続く古道は、山を切り開いたうす暗い山道。壁面には、火山噴火による歴年のシラスが幾層も重なる。塩浸は、現在は国道223号沿い。玄関前には「龍馬・お龍湯治記念碑」がある。犬飼の滝は旧霧島街道脇にあり、高さ約36m幅約18m。近くには和気清麻呂ゆかりの露天風呂・和気湯がある。
ハネムーンウォーク2日目は霧島温泉コース約15km。龍馬が次に訪ねた霧島温泉郷一帯を歩く。現在は牧園町のほぼ中心部にあたり龍馬記念も多い。硫黄谷温泉で泊まった霧島館を再建したのが現在の霧島ホテル。周辺には多くの温泉宿が軒を連ねる。ふり返ると、わき上がる湯気と深い霧が混じり、来た道が見えなくなっていた。
龍馬夫妻はここから高千穂の峰まで足を伸ばし、天の逆鉾を引き抜いて遊んだりしたが、現在のハネムーンウォークではコース外。参加者が年々増える人気に「高千穂登山も含め龍馬新婚旅行の全部をコースにしたい」と観光協会の立山さん。
全行程を夫妻は歩いた。足跡が詳しく残るのは、龍馬自身が姉宛に詳細な手紙を書き送ったからだ。絵まで描いている。お龍との出会いや塩浸や高千穂登山のこと、西郷評や国情も…貴重な歴史資料であり、紀行文としても白眉。足元の悪い場所でお龍の手を引いたことも記し、この辺が「新婚旅行1号」認定に効いているのかもしれない。
ともあれ、日本初の新婚旅行と龍馬人気、ウォーキングブームとを組み合わせた企画の人気は歩く楽しさ・道の楽しさが土台、「遠足」の楽しさを思い起こさせる。

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